シンポジウムや特別講義、他機関の研究者
を招いた会議など、日々、大学ではさまざま
なイベントが催される。ここ、京山大学も一
大イベントとも言える学園祭、『京友祭』が
近づいていることもあって、校内はどことな
く慌ただしい空気が漂っていた。

 もちろん、その空気は漏れることなく教務
課にも漂っていて、この頃は少しばかり忙しい。
 満留は生物科学科の教室に出席カードを配
り終えると、広すぎる校内を急ぎ足で歩き、
教務課へと戻っていった。




 「それ、お手伝いしましょうか?」

 教務課に足を踏み入れるなり入り口で大量
のコピーを取っていた門脇に声を掛ける。
 満留が出席カードを配りに行く前から彼は
コピー機の前に立っていて、隣に置かれた青
いパイプ椅子には印刷を終えた用紙が山積み
になっていた。門脇は、規則的に用紙を吐き
出すコピー機を横目で見ながら、「あー、コレ
ね」とボヤく。コピー機からは機械が熱くな
った時の、独特の匂いがしている。

 「数学科の柿山教授から頼まれたんだけど
さ、具体的な指示が多くてね。ちょっと桜井
さんに頼むのは難しいかなぁ」

 腕を組んで首を捻って見せる門脇に、満留
は苦笑いする。

 教員によっては機械の操作が苦手だとか、
そもそも忙しくてコピーを取る暇がないとい
う理由から、教務課がその作業を引き受ける
ことが多かった。けれど、門脇の言う通り、
手伝ったはいいが教授の納得のいくように仕
上がっていなければ、「すまんが、もう一度
頼むよ」などと言われかねない。

 だから、「大丈夫ですよ」と安請け合いす
ることも憚られた。

 「またやり直し、なんてことになったら紙
の無駄になっちゃいますよね。お役に立てず、
すみません」

 そう言って自席に戻ろうとすると、「あっ」
と門脇が声を漏らした。その声に満留が振り
返れば、彼は自分のデスクを顎で指し示して
いる。満留は顎の先を辿り、デスクを見た。

 「もし手伝ってもらえるなら、妹崎(せざき)先生の
方をお願いしてもいいかな?あの先生、また
捺印やら署名やら忘れててさ。処理が滞って
困ってるんだ」

 その言葉に、「またですか?」と、うっかり
言いそうになって、満留はごくりと言葉を呑
み込む。


 京山大学の名物准教授、妹崎紫暢(せざきしのぶ)と言えば、
物理学の世界ではかなり名の通った人物なの
だが……同じくらい彼の浮世離れした風貌も
有名だった。

 手入れの施されていない盆栽のような頭に、
いつ洗濯したのかと訊きたくなるようなヨレ
ヨレのシャツと袖が黒ずんだジャケット。
 顔が中心に凝縮されたような印象を受ける
のは、おそらく、丸メガネのせいなのだろう。

 おまけに、無精ヒゲとくれば「これぞ変人
学者のお手本」と褒めたくなるような出で立
ちで……。けれど、「清潔感」という言葉をど
こかに放り投げてきたような見た目にも関わ
らず、彼の研究室は大層人気があった。