「悪かったねぇ。お茶菓子、届けてもらっ
ちゃって」

 そう言って手を差し出した婆ちゃんに、
ホワイトチョコでコーティングされたロール
ケーキやクッキーなんかが入ったビニール袋
を渡す。そして、折り紙で楽しそうにウサギ
さんを折っているその子を見ながら言った。

 「この子、生徒さんの子でしょ?一人にし
といたら、危ないんじゃない?ここ、誰でも
入って来られるし」

 世の中は平和のようで、案外物騒だ。
 まさか、こんな長閑な場所で誘拐事件が起
こるわけないだろうという油断が、一番危な
い気がした。婆ちゃんは両手を腰にあてると、
後ろの和室を振り返る。耳を澄ませば、談笑
する声が聴こえてきた。

 「大丈夫よ。和室の襖を全開にして、ここ
が見えるようにしてあるし、芳子さんも時々
見に来てるから。紫暢はやさしい子だねぇ」

 「女の子にはやさしく、って、婆ちゃんが
いつも言ってるんじゃんか。つーか、女の子
じゃなくても心配するけどさ」

 照れたように言って指で鼻を擦ると、婆ち
ゃんは「ふふ」と茶目っ気のある目を向けた。

 「可愛い子だろう?お目々がくりっ、とし
て素直で。いつかこんな子が紫暢のお嫁さん
に来てくれるといいなぁって思ってるんだよ」

 「何言ってんだよ、婆ちゃん。まだ中一に
なったばっかの孫つかまえて」

 「そうだねぇ。まだ十三歳だもんね。紫暢
がお嫁さんもらうまでもうちょっと時間ある
から、婆ちゃん頑張って長生きしなきゃだね」

 あはは、と笑ってそう言った婆ちゃんに苦
笑いすると、俺は「じゃ、帰るわ」と言って
その場を離れようとする。

 「気を付けて帰るんだよ」

 と、婆ちゃんの声が背中を追ってきたので、
俺は振り返ってひらりと手を振った。




 公民館の建物を出ると、向かいにある小学
校をぐるりと囲うように咲いている、さつき
の朱が目に飛び込んで来た。葉の緑を覆い隠
すように鮮やかに咲き乱れるさつきに目を細
めると、俺は大きく息を吸い込んで少し熱く
なったサドルに跨ったのだった。



=完=


*この物語を最後までお読みいただき、
誠にありがとうございました。読者様との
ご縁をいただけたましたこと、心より感謝
致します。         橘 弥久莉