夏の終わりと貴方に告げる、さよなら


「……平気」

「眠ってていいよ」
 
 気だるげな身体を起こそうとして、彼に止められる。

 一目でもいいから、彼の顔が見たい。触れたいと思うのは、私の傲慢かもしれないと逡巡する。

 けれど、こんなに近くにいるのに、側にいるのに触れられないのは、辛くて苦しい。 

 気の利いた言葉が浮かばず、嶺奈は開きかけた唇を閉口する。

「明日も仕事なの」

 無意識に零れ落ちた言葉は、彼を責めているようで、自分自身に嫌悪した。

 こんなことを言いたいんじゃない。

「分からない」

 嶺奈を突き放すような彼の一言に、心の奥で燻り続けていた、何かが一気に崩れ落ちる音がした。

「……なら、私はいつまでこうしていればいいの。いつまで我慢していればいいの」

 私は、本当は我慢強くはない。

 必死に隠して塞き止めていたものが溢れ出し、止まらなくなる。

「良平さんは、私をここに繋ぎ止めておければそれで満足?」

「満足なんて誰が言った? 俺はそんなこと一言も言ってない」

「じゃあ、この状況はなんなの? まるで鳥籠の中に閉じ込められてるみたいじゃない」

 羽根を喪った鳥は蒼穹を見て、思い焦がれる。嶺奈はいつか読んだ童話を思い出す。

 そして、鳥は鍵のかけ忘れた扉から脱け出して、最後は──。

「疲れてるんだよ。お互いに。話なら日を改めよう」

「……そうね。少し言い過ぎたわ。ごめんなさい」

「俺こそ、ごめん。寂しい思いをさせて」

 我が儘を封じるように、彼は口づけを落とし、嶺奈は溢れる感情を押し込んで、ただ受け入れるしかなかった。