「俺は浮気なんかしてない。好きだったのは嶺奈だけだったし、結婚するのも嶺奈だけだって決めてた。だから、婚約したんだ」
「…………」
浮気をしていないなんて言葉、今さら誰が信じるというのだろうか。
彼に好きだと言われたのに、心は少しも動かなくて、ただ、心の内側にあったのは、良平さんに対する想いと、亮介への同情心だけだった。
「くそっ……こんなはずじゃなかったのに」
亮介の剣幕に嶺奈は後退り、距離を計る。こんなに取り乱した彼を、付き合っているときには、一度も見たことはなかったから。
「もう、うんざりなんだよ。時期をみて、離婚する。だから、俺と寄りを戻して欲しい」
そんな話をされたからって、はい。そうですか。って、言えるわけがない。
良平さんと出会う前なら、心が揺らいでしまったかもしれない。けれど、私は過去と決別した。
今はまだ、古傷が痛むこともあるけど、その傷も、痛みも過去も、全てを私は良平さんに委ねている。
二人はもう別々の道を歩き出してしまった。時は戻らないし、過去は変えられない。
「無理よ……」
悲痛な亮介の叫びに、胸が痛んだのは事実だ。でも、これでいい。同じ轍は踏まない。
私達はきっと、こうなる運命だった。
「俺より、良平のほうがいいのか」
「そう、ね」
嶺奈の言葉を聞いて、亮介が不意に流した涙。それは、私が初めて見た、彼の涙だった──。



