「とりあえず、どこか休める場所に移動しよう。このままじゃ、風邪どころか、警察に通報されかねない」

 嶺奈を助けた男性は、そういうと、携帯を取り出し、誰かと通話をしているようだった。

 茫然自失の彼女を放置出来ないと思ったのだろう。

「今、タクシー呼んだから。ほら、自分の足で立って。そこの屋根のある場所まで歩いて」

 言われるがまま、嶺奈はふらつきながら、彼に従い歩く。

 数十分後、タクシーが到着し、運転手は予め彼から事情を聞いていたのか、二人にタオルを差し出し、乗車させた。

「タオル、ありがとうございます。無理を言ってしまい、すみませんでした。シートのクリーニング代金はお支払いしますので」

「いえ、構いませんよ。急な雷雨でしたからね」

 運転手は彼の謝罪を快く受け入れ、二人を咎めることはしなかった。

 今時、珍しいドライバーかもしれない。

「市内のホテルまで、お願いします」

 行き先を告げる彼の声をぼんやりとした意識で聞き取る。

 ほらね。結局、こうなるんだ。

 善意なんてもの、この世には存在しない。

 私には何も残ってはいない。

 なら、この身体がいくら傷付こうと、もう何も思わないし、感じない。

 抵抗する気は始めからなかった。