昔、僕は
人が、
怖かった。

特に、
女の子の手のひら。笑い声。

ーーー

教室の片隅、揺れるカーテン、
運ばれる初夏の風。

昼休みの教室を見渡す。そういえば、夏服に衣替えしたんだった。涼しい正装を纏った生徒たちが見慣れない。
談笑したり弁当を食っている。
僕は一人で窓の外を見ている。
揺れる枝の先を眺めながら……

気がつけば僕の机の近くにたむろう女の子達がいた。
甲高い女子特有の笑い声に耳を塞ぐ。
しなやかで白い手のひらを視界から避けたくて、目を瞑る。

どっかへ行け……今すぐに。

これが不尽な要求だと、わかってる。

僕は、支離滅裂な欲求を抑えこまなくてはならない。

 とりあえず、机に顔を伏せているこの行為のみが今に有効的な最善策に思える。

なるべく縮こまって寝たふりを開始する。

……女の子を避けていることがバレているのではないのだろうか?

焦りが全身を襲う。

心臓の鼓動が耳に鋭く響いている。
机にこの鼓動が伝わる。もしかしたら机ごと脈を打っているんじゃないのか。


逃げたい。この言葉が頭にぼんやり浮かぶ。
腋からでた汗がだくだくと服に染みていく。

朦朧としてく意識。自我を保とうとして、唇を噛む。血の味がじわじわと口内に広がる。

 背が高くて目つきの鋭い僕は単に人嫌いのように思われがちで、女の子を避けて学校生活を送っているとことはまず知られていない。だから、バレていない筈だ、僕が女の子が嫌いなことは……。

 人避けしているままじゃ駄目なんだと常にわかってはいる。

人が怖いのは酷く情けないと思う。
けど、それを情けないと思うことが良くないとも思っている。

果てのない葛藤が続く。

酷く情けない、と、やはり思ってしまうのだけれども、あの事件が恐怖と恥辱の塊でしかなく、胸の内にしまっているうちはこの考えから脱せられないと予感している。

僕には悩みがある。
女の子がいると僕の身体は震えることだ。

今も体の力が徐々に強まり、
震えとなって身を襲う。

将来、彼女ができるかなんて論外だろうし、性的なことをするなんて以ての外だ。

一生、人を避ける方が楽だ。

僕は僕が過去の古傷に触れることが怖い。
見て見ぬ振りを永遠にしていたいんだ。

机に涙を垂らしながら寝たふりをすることで、透明な過去と戦う。

過去との戦いはいつ終わるのだろうか。そもそも、今、僕は安全な場所にいて敵はいないのに何と戦っているのだろうか、と我に帰るたび自己嫌悪に陥る。


この頃は……これから先のことなど知る由もなく、僕は机に落ちた水滴を制服の袖で拭っていた。夏風に、頬に伝った涙の跡を乾かさせたこの日、放課後に起こることなど梅雨知らず。




 あの日、君と出会ったことで、僕の傷は見事としか言いようがない完璧な方法で抉られることとなるのだ。
そして君は僕以上に異性(君にとっては、男の子)を嫌い、ひいては人間を嫌い、世界を憎み、人間不信の海を彷徨っていた。君の傷は抉られたなんて言葉じゃ言い表せられない。

「私の存在そのものが傷のようなものだから」

その言葉に僕は頭を悩ませることにもなる。君はどうして君をそうやって言えるんだろうか。
なぜだ、君は僕のことは好きなのにどうして君は君を好きでいられないのだろうか。

君の全てを
わかってあげたいけれど、
わかってあげられない。

心から。君の代わりになれるならなりたい。

「一度君を不用意な一言で君を傷つけたろう僕にも君の辛さを背負わせてくれないかい」

今でも、ふとした隙さえあれば、空を見上げて思う。

君は傷に傷を負った衝撃で死ぬことを放棄したという、不思議な経緯をたどり、最低な性格の僕を一番の友人とした。

そんな日々が続く高校生活三年間、

今でも思う、またこの三年を何度でも繰り返したい、と。