―パープル王国・王立病院―

 誘拐事件は無事解決し、ローザと共にトーマス王子はトム王太子殿下の元に戻った。

 鶏の羽や糞にまみれたトーマス王子をトム王太子殿下は躊躇することなく抱きしめて涙を流した。

 トーマス王子は泣いているトム王太子殿下の頭を小さな手で撫でた。

「お父様はいずれ国王になられるのです。国王たるもの泣いてはいけません。いいですね」

 それはローザがトーマス王子に言い聞かせたことだが、トーマス王子の可愛らしい発言にトム王太子殿下は思わず笑みを漏らした。

「そうだね。いずれ国王になる者が泣いてはいけないね。でもトーマスはお父様の大切な息子だ。お父様の次に国王になるのはトーマスなんだよ。お前は私の命よりも大切な存在なんだ。だから今だけ……泣いてもいいかい?」

 トーマス王子はローザに視線を向けた。ローザは優しく頷く。

「はい。お父様、私も……泣いていいですか?」

「我慢しなくていいよ。怖かっただろう。たった今、警察から連絡があった。お母様も無事に救出されたそうだ。犯人も逮捕された。もう何も怖がることはない。正義は必ず勝つんだ」

「お父様……」

 トーマス王子はトム王太子殿下に抱き着き、声を上げて泣いた。ローザはメイサ妃の無事を聞き、安堵して涙を溢した。

 ◇

 二時間後、メイサ妃が公用車で王宮に戻ってきた。精密検査の結果異常は見られなかった。

 トーマス王子は入浴し着衣も着替え、メイサ妃との再会を心待ちしていた。それはトム王太子殿下も同じだった。

 ―王宮の謁見の間―

 そこにはメイサ妃を心配した国王陛下や王妃の姿もあった。

 メイサ妃は王宮に戻るとすぐに入浴し、体に付着した泥汚れを落とし、パープル王国の国を表す紫色の煌びやかなドレスに着替え紫色のハイヒールを履いた。

「メイサ妃、よくぞご無事で。トーマス王子やメイサ妃を救ってくれたのは、侍女のローザとサファイア公爵家の執事とタクシー運転手だそうですね。パープル王国より感謝状と勲章を授与したいのですが」

「サファイア公爵家の執事とタクシー運転手はもういません。自国に戻るそうです。ローザは感謝状と勲章の授与は辞退するそうです。ローザはサファイア公爵家より私に仕える優秀な侍女。このまま王宮でも私に仕えることを認めていただけるならそれでよいそうです」

「そうですか。自分の命をかけてトーマス王子を守ったメイサ妃の勇敢な行動を賞賛します」

「国王陛下、私にはもったいないお言葉です。実は私は国王陛下と王妃、トム王太子殿下にひとつ嘘をついておりました」

「嘘とな?」

「はい」

 国王陛下が一瞬険しい顔をした。