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 レイモンドはそのままホテルを出て、タクシーを待つために公道に向かった。

 もしかしたらまだマリリンがいるかもしれない。マリリンと付き合うにしろ、別れるにしろ、もっとちゃんと話し合いたいと思い、自然とマリリンの姿を目で捜していた。

 その視線の先にいたのは、マリリンがシェフ見習いのアリトラと抱き合い熱い抱擁をしているところだった。

 (あのマリリンが……。
 純粋無垢だと思っていたマリリンが、アリトラとそんな関係だったことに、俺は驚愕とした。二股……。そんな下世話な言葉が脳裏を過る。)

 レイモンド自身も疾しいところがあるため、マリリンを責めることはできないが、それほどまでに衝撃的な光景だった。

 二人は縺れ合うように、タクシーの後部座席に乗り込んだ。タクシーの中でも二人は抱き合っている。レイモンドは黙ってその車を見送るしかなかった。

 頭を凶器で殴られたような衝撃を受けていると、目の前に一台のタクシーが停まった。後部座席のドアが開き、レイモンドは乗り込む。

「やはりお客さんでしたか? 奇遇ですね」

「あなたはあの運転手さん!?」

「今夜はお一人ですか? 珍しいですね。そうそうあのことはお連れの方から聞いていただけましたか?」

「あのこと?」

 レイモンドはマリリンとの記憶を手繰る。
 
 ――『私にも実はよくわからんのですよ。ここが天国なのかはたまた地獄なのか。日本ではないことはわかっていますが、現実なのか夢なのかすらわからない』

 運転手はやはり現世の記憶があり、マリリンにその話しをしたんだ。

「あの時お嬢さんは『これは現実世界ですよ』と教えてくれました。あなたのことも知ってるのか聞かれました」

「あなたは何と答えたのですか?」

「よく考えたら私の知っている人とあなたは服装も違ってました。それにあの外国人女性ではなく日本人の女性とご一緒で、夢の国に消えてしまいました。実際、あなたは私のことなど記憶にはないのでしょう? 私はあの時死んでしまったのか、ここが天国が地獄なのか知りたいだけなんですが、どうもげせなくてずっと悪い夢を見ているようなんです」

 レイモンドは運転手に真実を話すべきか迷った。レイモンド自身も自分がレイモンド・ブラックオパールなのか、秋山修なのか、ここが死後の世界なのか、夢の世界なのかわからないからだ。

「実は私も運転手さんと同じ悪い夢を見ているようです」

「え? お客さん、本当ですか?」

「ですが、ここが現実世界なのか、死後の世界なのか、夢の世界なのかわかりません。私がわかっているのは、現世であなたのタクシーに乗り、あなたが何らかの病気で倒れられ交通事故を起こし、この世界に来たということだけです」

「私が病気で倒れた……。それで事故を起こしてここへ。お客さん、それは本当ですか」

「……本当です。でも戻るすべはありませんし、現世に戻っても運転手さんも私も亡くなっているかもしれません」

「やはりここは天国なんですかねえ。はあ……。死んでいたとしてもいいから妻の元に戻りたいです。お客さんを事故に巻き込んだなんて何とお詫びをすればいいものか。今夜はお代はいりません。どちらまでお送りしましょうか」

 (俺達はやはりあの事故で死んでしまったのか。それでも俺は戻りたいと思ってしまう。)

「サファイア公爵邸まで」

「畏まりました。これは私の連絡先です。何かあれば連絡下さい」

 運転手はレイモンドに名刺を渡した。
 その名刺には『ドリームタクシー タダシ・キダニと日本語名が印刷されこの国の電話番号が書かれていた。

「わかりました。ただこのことは同乗していた女性には話さないで下さい」

「わかりました。お客さんは現世でもこの世界でもモテモテですからねえ。今後は秘密は守ります。いつか共に現世に戻りましょう」

 二人はこの世界に迷い込んだ者同士、レイモンドはこの運転手に親近感を抱いた。