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「お客様、どちらまで行きましょうか?」

 タクシーの運転手に行き先を聞かれ、マリリンはふとあの日と同じ運転手だと気付く。まだ親睦会は開かれていたが、屋敷に残ったレイモンドが気になり一足先に屋敷に戻ることにした。

 これ以上あの場所にいたら、酔い潰れて自分が過ちを犯しそうだったからだ。

「サファイア公爵家までお願いします」

「サファイア公爵家ですね。お客様は公爵令嬢様で?」

「とんでもございません。私はサファイア公爵家でメイドを務めています」

「そうですか。気品もありとても美しいので公爵令嬢様かと思いました。公爵令嬢様がタクシーなど利用するはずはありませんものねえ。そういえば……お客様は以前私の車をご利用下さった方では? ほら、美男子の殿方とご一緒に」

「やはりあの時の運転手さんでしたか」

 マリリンはこの運転手に不思議な縁を感じた。

「運転手さん、あの時『お兄ちゃん、今朝はどーも』って彼に仰いましたよね?」

「今朝? そうでしたっけ? 私にも実はよくわからんのですよ。ここが天国なのかはたまた地獄なのか。日本ではないことはわかっていますが、現実なのか夢なのかすらわからない」

 運転手は意味不明のことを話している。
 マリリンはこの運転手が異常者だとしたらどうしようかと、少し不安になった。

「運転手さん、これは現実世界ですよ。あの……彼は以前も運転手さんの車に?」

「そんな気がしましたが、よく考えたら服装も連れの女性も違ってました。お客さんではなく他の女性とご一緒で、夢の国に消えてしまいました。はっはっは」

 運転手は声を上げて笑っている。
 ますます薄気味悪い。

「あの……夢の国とは? どちらの国でしょうか?」

「いえ、お客様のように上品なレディにお話しすることではありませんよ。なにせ三十点ですからねえ。はっはっは」

「……三十点?」

 マリリンは運転手の言ってることがさっぱり理解できなかったが、レイモンドが他の女性と浮気をしたのではないかと直感した。

 タクシーはサファイア公爵家の通用門口に到着する。マリリンは代金を支払い下車した。

「毎度ありがとうございます。彼にもよろしくお伝え下さい。私のことを覚えていたら、是非教えて欲しいんです。私はあの日どうなったのか……」

「……あっ、はい。わかりました。彼に伝えておきます」

 マリリンは運転手に会釈し、通用門から屋敷に入った。屋敷にはメイドには敷地内に専用の寄宿舎があり、執事は屋敷内に専用の個室を与えられている。

 マリリンはメイド専用の寄宿舎には戻らず、レイモンドに逢いたくて屋敷内に入り執事専用の個室に向かう。

 当屋敷では執事とメイドの交際は禁じられてはいないが、執事とメイドが深夜屋敷内で密会することは禁止されていた。

 マリリンはこんな違反は今まで犯したことはないが、タクシー運転手の話が妙に引っかかっていた。

 靴を脱ぎ、片手で持ち足音を忍ばせて執事専用の個室のある廊下を歩く。まだみんなは親睦会だから、ここにいるのはレイモンド一人のはずだ。

 ドキドキと鳴る鼓動に、マリリンの緊張は隠せない。