一ヶ月後、修は家族と木谷(元タクシー運転手)の経営する林檎農園に来ていた。木谷の好意で貸し切りで林檎の食べ放題。楽しい時間を木谷夫婦と過ごす。

 林檎の木に囲まれた農園の上に青いビニールシートを敷き、ビニールシートの上には、美梨手作りのお弁当がずらりと並ぶ。

 暖かい陽射しの下で、美梨は優を抱いてシートに座った。

 生後四ヶ月になった優は広いビニールシートの上に寝かされ、手足を元気よく動かしてご機嫌だ。暖かい陽射しは気持ちまでぽかぽかと包み込んでくれる。

 農園で修と走り回って遊んでいる昂幸を見つめながら、美梨はこれ以上の幸せはないと思っていた。

 ひと遊びした昂幸は美梨の元に戻り、靴を綺麗に揃えてビニールーシートの上に上がり、優とじゃれ合う。靴をきちんと揃えるところは三田家で躾られたことを、幼いながらに記憶しているからだ。

「お母ちゃん、お弁当食べたい。林檎もいっぱいいっぱい食べたよ」

「よかったね。お母ちゃんも林檎いっぱい食べたよ。修も昂幸もちゃんと手を洗ってきたよね? 木谷さんご夫妻も一緒にお昼ご飯にしましょう」

「はい。奥さん、遠慮なくいただきます」

 昂幸は「いただきます」と両手を合わせた。ビニールシートの上でもちゃんと正座をしている。

 昂幸を見ていると、三田家でのことも懐かしい想い出に変わってしまう。

 昂幸は両手で大きなおむすびを掴み口に頬張った。

「昂幸、うまいか?」

「うん、美味しい! でも……お母ちゃんのお弁当は五十点だね」

「あははっ、五十点? それはまた厳しいな」

「だって玉子焼きまた焦げてるし、唐揚げも焦げてるよ」

「お母ちゃんは優の世話で忙しいのよ。ほんと、昂幸は子供なのにグルメだから困るわ。毎月面会日に三田が一流レストランに連れて行くから、子供のくせに舌が肥えちゃって嫌になる。これが家庭の味なのよ、昂幸。レストランとは違うの」

「くくくっ、美梨。確かに美梨の料理は五十点かもなあ」

「あーー! 修まで酷い!」

「お父ちゃんは三十点だね」

「はっ? 三十点? なにそれ……? まさか乙女ゲーム見たのか!?」

「オレはゲームなんてしないよ。お父ちゃんの点数だよ。まだまだオレのお父ちゃんとしては三十点しかあげれないよ。三田のお父様は百点満点なんだけどね」

「三田さんは百点満点で、俺は三……三十点!? 俺は父親として、たったの三十点なのか!?」

 修は美梨と顔を見合わせる。修の隣で「くくくっ……」と声を震わせ、木谷が笑いを堪えている。

 ――『修、また逢ってね。次は薔薇の国にでもする? あんな下手くそなエッチじゃつまんないでしょう?』

 ――『はっ? 薔薇の国? しかもヘタクソ……? ヘタクソ……? はぁーー?』

 ――『んっとぉ、三十点だね。』

 ――『三十点? 何が?』

 ――『強いて言うなら三十点。テストなら追試レベルだよ。受験なら不合格だね。リベンジしたいと思わない?』

 ふと、修は以前美梨に言われた言葉を思い出した。隣にいる美梨に視線を向けると、美梨は昂幸とジャレあいながら、無邪気に遊んでいる。

 その腕の中にはしっかりと優が抱かれ、三人の笑顔が太陽の光でキラキラ輝いて見えた。

 修は三人を眺めながら、とても幸せな気持ちになった。

 ビニールシートに寝転がり、みんなを包み込んでいる、広大な青空を見上げた。

 雲一つない晴天、どこまでも続く青い空。

 (――俺達の恋は一夜の過ちから始まった。)

 (現実世界でもゲームの世界でも、俺達は本気で恋をした。)

 (俺をゲームの世界から、現実世界に戻してくれたのは美梨だったんだよな。美梨がノベル式で選択を誤れば、俺は今も乙女ゲームの中にいたかもしれない。)

 長い年月をかけて、二人はやっと本当の家族になれた。

 (――美梨……。ありがとう。
 俺達はもう二度と離れることはない。)

 (俺達は……。
 ここからスタートするのだから……。)

 ――選択肢はひとつ。幸せな未来だ。

 楽しい時間はあっというまに過ぎ、俺は最寄り駅まで木谷の運転するワゴン車で送ってもらうことになった。

 林檎農園のワゴン車に乗り込み、子供達は遊び疲れて眠っていた。

「秋山さん、まるであの日にタイムスリップしたみたいですね。お二人が幸せで嬉しいです」

 木谷が後ろを振り返った瞬間、体に激しい衝撃を感じた。対向車線を走るトラックがワゴン車に衝突したのだ。

 ――まるであの日の事故のように、視界が歪み体が大きく左右に揺れた。

 (ま、まさか……。美梨、昂幸、優……。)

 気を失ってどれくらい時間が経ったのだろう。目覚めるとワゴン車のエンジン部分からは黒い煙が立ち上がっていた。

「木谷さん! 美梨、昂幸、起きろ!」

 五人は大きな怪我もなく全員無事だった。
 周囲の景色を見渡し、修は驚愕する。

 美梨は赤いドレスを身につけ、昂幸も正装をしている。優は美しい絹のおくるみを身に纏い、木谷は林檎農園のジャンパーを着ていた。俺は執事の制服だ……。

「嘘だろう……」

 (一体、どっちが現実なんだ?
 一体、誰が俺達をこの世界に……?)

 ―ここはレッドローズ王国―

 修と木谷には見覚えのある、あの乙女ゲームの世界だった。






 ―THE END―