毒令嬢と浄化王子【短編】

「社交界で噂になっていただろう?毒婦……いや、毒令嬢というのが元々の噂だったようだが……」
 ハーバンはカップをソーサーの上に置くと、ああと頷いた。
「ああ、子爵令嬢ミリアのことですね。本当かどうか分かりませんけれど、触れると気分が悪くなるのだとかどうだとか」
 本当かどうか分からない?
 雑草を枯らしているのを見たけれど、確かに本当だった。それなのに噂が真実かどうかあやふやになっているのか?
「本当だから噂されているんだろう?」
 ハーバンが小さく首を横に振った。
「いや、どうですかねぇ。女好きで有名な某男爵など、女性たちに同じ部屋の空気を吸うだけで気持ち悪くなると言われていますし、公爵令嬢の一人は贔屓の騎士の婚約者の伯爵令嬢の顔を見ると、あんな子と一緒なんて頭が痛くなるわと言っていますしねぇ……」
 そう言えば、まぁ、そういう言い方もすることはある。
 だが……。
「ミリアは何か悪く言われるようなことをしでかしたのか?」
 性格が悪そうにも見えなかった。
 容姿だって……薄い茶色の髪にあわいグレーの瞳。畑仕事をしているからか少し日に焼けた肌。
 決して色合いは美しいと形容されるものではないにも関わらず、綺麗だった。
 大きな瞳は、色々な表情を見せてくれた。サクランボのようにぷっくり可憐な唇は色々な言葉を僕にくれた。
 時にむっつりと膨らまされる頬も愛らしく……。
「さぁねぇ。社交界デビューする前……子供のころに数回お茶会に顔を出しただけですから私もよくわかりませんが。侯爵令息だか伯爵令息だかが彼女を取り合ってお茶会がめちゃめちゃになったという話がありましたね」
「ミリアを、取り合った?そ、それでミリアはどちらを選んだんだ?」
 あんなに可愛いんだ。男にもてないわけはない。
 だが、嘘だ、信じたくないと心が叫んでいる。
 いったい、なんだ、この気持ち。
「どちらも選んではいませんよ。そのお茶会を最後にミリア嬢はお茶会にはいっさい出席しなくなりましたからね。まぁ、もともと頻繁にお茶会に顔を出すタイプでもなかったし、出席しても人を寄せ付けず距離をとっていたし、誰ともダンスを踊らなかったというので、そもそもあまりそういう場が好きじゃなかったんでしょう」
 ……ダンスを踊らなかったのも、人と距離をとっていたのも、毒のせいだ。そうに違いない。