沖縄では梅雨明けが宣言されたらしいけれど、ここ北国では毎日ぐずついた天気が続いていた。

昼休みのカレー店は当然混み合っていて、壺の形の傘立てもいっぱい。
傘の滴を払い、留め具をして隙間に突っ込む。

ベルのついたドアを開けて店内に入ると、壁際奥の二人席に座っていた愛梨(あいり)が片手を上げた。

沙羽(さわ)! お疲れ様」

「愛梨もお疲れ。わざわざごめんね」

看護師をしている愛梨と、シフト制の私とは休みを合わせにくく、私の昼休みに合わせて愛梨が職場の近くまで来てくれていた。

「いいよ、別に。寝起きだけど」

準夜勤明けだという愛梨は、約束の時間ギリギリに起きたとのことで、コンタクトではなく眼鏡をかけ、メイクもファンデーションを塗った程度だった。
それでも力の抜けたオフ感の中に、出会った頃にはなかった色気のようなものを感じる。

「そのネックレスかわいいね。愛梨っぽい」

「ありがとう。結構高かったけど、ボーナスあてにして買っちゃったよ」

待っている間にメニューを決めていた愛梨と、さほど時間のない私はさっさと注文を済ませておしゃべりに興じる。

「もう辞めたーい。でも奨学金残ってるー。車のローンも残ってるー。辞められなーい」

同性の多い職場のせいかストレスも多いらしく、愛梨はときどき愚痴を吐き出しにくる。
毎度くり返されるセリフに私は苦笑して、お水をひと口飲んだ。
カレー店は冷房が効き過ぎていて、雨に濡れた腕が冷えていく。

他県から進学でやってきた愛梨とは大学も別々で、アルバイト先で知り合った。
共通の知り合いもいないという距離感がむしろちょうどよくて、他の友人には言えないお互いの黒歴史も、痛い失恋も、ファストフードのポテトとともに分かち合ってきた。

卒業後、看護大学の学生だった愛梨は看護師となってこっちの病院に勤務し、私もそのまま地元企業に就職したので、お互いの勤務に合わせて不定期に会っている。

「『四十も近いしこれがラストチャンス』なんて妊活してるからみんな気を使ってさ、レントゲンも代わったし、通院のために勤務だって融通してきたんだよ。それなのに不倫ってあり得なくない?」

「それも妊活の一環だったりして」

「それで妊娠されても『おめでとうございます』の顔が引きつる。『どっちのお子さんですか?』って聞けないよね」

カレー皿の端にらっきょうを追加しながら、愛梨は先輩への不満を吐露する。

「そうだねぇ」

私もチキンをスプーンでほぐしつつ相づちを打った。

「なんで不倫なんてするんだろうね」

先輩の態度が不満だっただけで、不倫自体は他人事であるらしい。
愛梨の口調に責めるようなキツさはなく、純粋な疑問を口にしただけのようだった。

「さあねぇ」

本格インドカレーでも、スープカレーでもない、ごく家庭のカレーに近いこの店は、学生時代から愛梨とよく来た店だ。
チキンのやわらかさまで、あの頃と変わらない。
後からじわじわやってくるスパイスの辛さが、冷えた身体を温め始める。