ドアの前に胡座をかいて、リョウはガラス窓に手を置く。

「なんか、ロミジュリみたいだね」

「ロミジュリにこんな間抜けなシーンはないよ」

「ミクちゃん冷たーい」

そう言いながらリョウはふふん、と鼻で笑う。

「あれって、どっちが先に死ぬんだっけ?」

「ロミオじゃなかったかな? ジュリエットは後追いするはず」

「ミクちゃんは俺がいなくても元気そうだよね」

いつかはリョウも死ぬのだと、その時少しだけ考えた。
けれど、それはあくまでロミジュリの世界の話で、まったく実感は伴っていなかった。

「うん。普通に起きて、普通に仕事して、普通にご飯食べて、普通にお風呂入って、普通に寝る」

リョウは声を立てて笑う。

「いいね、それ。じゃあ約束」

結果だけみるとドアレバーが壊されただけで私が閉じ込められた事実は変わらないのに、最初に感じていた不安はすっかりなくなっていた。

「あー、ほっとしたら腹減った」

「自分の部屋で何か食べたら?」

「買い物行かないと何もない」

「行ってきていいよ。あとは待つだけだし」

「いや、ここにいる」

胡座の上で頬杖をついて、リョウは私を見つめた。

「もう少しここにいる」

あの時、私はきっとひどい顔をしていた。
リョウに決して見せてはいけない、何もかもを差し出すような無防備な顔だったと思う。
リョウがいつもと違って真面目だから、私も取り繕ったり誤魔化したりする余裕がなかった。

業者さんから電話が来たのは一時間後だったけれど、もっと短く感じられた。

「――もしもし。――はい、そうです」

半分以上電話に気を取られていた私は、無意識にガラス窓に手を置いていたらしい。
向こう側で、顔を寄せるリョウの姿が視界の端に見えていた。

「――はい。玄関の鍵は開いてます」

小指のあたりで、小さくリップ音がした。
息を飲むと、電話の向こうで業者さんが、大丈夫ですか、と心配してくれた。

「すみません。大丈夫です」

赤らむ私の顔を見て、リョウはくすくすと笑う。
業者さんの話が頭に入って来ない。

「――はい、――はい、よろしくお願いします」

リョウは自身の小指を立てると声を出さずに、じゃあね、と言って、玄関ドアを開ける。
風圧で黒髪が舞い、ピンク色のニットが向こう側へ消えた。
ガラス窓から見える景色は、急に味気ないものに変わってしまった。


それが最後だなんて、思っていなかった。

無事に出られた後リョウの部屋を訪ねてみたけれど、リョウはいなかった。
それ以降鍵が差さっていることはなく、夜も電気がついていない。

隣の部屋からカーテンがなくなっていることに気づいたのは翌週のこと。
インターホンの電源ランプも消えていて、不動産屋のホームページでは入居者が募集されていた。