あの頃私は、渇いて水を求めるようにリョウの部屋に通っていた。
飲んでも飲んでも喉が乾いて、気づけば溺死寸前になっていて。
ああ、なんで飲んじゃったんだろうって後悔するのに、乾きに耐えかねてまた手を伸ばす。
そのくり返し。
愚かの極み。

四階建てマンションの四階。
エレベーターから一番近い401号室がリョウの部屋で、リョウが私を呼ぶときは鍵穴に鍵が差してあった。

正確に言うと、私たちの間で合図を決めたわけではないし、リョウが私を「呼んだ」のはたった一度きりだ。
それでも、差さった鍵とそこからぶら下がったアクリルキーホルダーを見て、私は「一方的に」呼ばれたと思っていた。

鍵を引き抜くと、アクリルと小さな鈴がカラカラチリンと鳴る。
玄関は半畳もなく、リビングに続くドアについている幅10cmほどのガラス窓から、チャコールグレーのソファーに座るリョウの姿がすぐに見えた。

その瞬間から、後悔で身を裂かれそうになる。
それはダイエット中の人がポテトチップスを食べなから感じる後悔とよく似ている。

ああ、なんでまた来ちゃったのかな。
私って本当にダメな人間だな。

後悔はしても、途中でやめることはしない。
途中でやめられるなら、そもそも来たりなんかしないのだから。

不機嫌な顔でリビングに入っても、リョウはそんなことはどうでもいいヤツなので、タブレット画面から一瞬顔を離して微笑んだ。

「おかえり、ミクちゃん」

伸びてきた髪の毛を適当なハーフアップにしているせいで、金髪と根元の黒髪とがまだらになっている。
リョウの年齢がいくつなのか知らなかったけれど、三十になった私より下だと思っていた。

「髪伸びたね」

「そろそろ切る」

「また金髪?」

「いや、満足したから黒に戻すよ」

リョウはたいていここにいて、古い映画やアニメを観たり、ゲームをしたり、タブレットで漫画を読んだりしていた。
仕事用のバッグを放り出して隣に座る。
タブレットにはパズルゲームのようなものが表示されていた。

「金髪の方がいい?」

画面をオフにして、リョウは細めた目の端で私を捕らえる。
持ち上げられた口角に余裕をたたえて、私の出方を面白がって待っている。

「別に。リョウの好きなようにすればいいよ」

「でも好きだよね、金髪」

「……きらいじゃないよ」

「じゃあ今度は、もう少し白っぽい金にしようかな。それかローズゴールド」

前髪を引っ張って上目遣いで髪色を眺める。
少し色落ちしたそれは、出会った頃より黄色味を帯びていた。

「お好きにどうぞ」

目の前のテーブルに鍵を置くと、そこにはリョウの手作りチャーハンとペットボトルのほうじ茶があった。
リョウはテレビのスイッチを入れながら、スプーンで口に運ぶ。