窓ガラスに張りついた細やかな滴が、ためらうようにゆっくりと落ちる。
連日台風の接近が報道されているように大気は不安定で、夜が明けたはずの空はどんよりと暗い。
八時過ぎにぼうっと起きたリョウは、ぼうっとしたまま洗濯機を回し、ぼうっとしたまま顔を洗い、ぼうっとしたままトーストをかじった。
「今日ザリガニ釣りに行こう」
「ザリガニ? なんで?」
「小さい頃めっちゃ好きだったのに、いつの間にか釣らなくなったなぁ、と思って」
私は昨日天気図で見た渦巻きを思い浮かべる。
「台風近づいてるよね?」
「晴れるよ」
「晴れ男だから?」
「そう」
パラパラ、パラパラ。
風の流れに沿って、雨粒が窓ガラスを打つ。
その音がリョウには聞こえていないのか、トーストの耳を黒豆茶で流し込んだ。
「洗濯干したら行くよ」
「はぁい」
駐車場はマンションの敷地内にあるとはいえ、エントランスから私の車までは20~30mある。
私は傘を差して行って後部座席に置いたけれど、リョウは手ぶらで雨を浴びながらやってきて、当たり前の顔をして助手席に乗り込んだ。
残暑と台風の影響で蒸し暑く、アップに結い上げた髪も肌に張りつく。
閉め切った車内は息苦しくて、雨が入らない程度に窓を開けた。
リョウは顔についた水滴を手の甲で拭う。
Tシャツにスモーキーブルーのシャツジャケットを羽織ったリョウは、バケットハットに金色の髪を押し込んだ。
ワイパーの向こうの空に、太陽の姿は見えない。
それなのにリョウは焦る様子もなく、窓枠に肘を乗せて頬杖をついている。
自分の希望は聞き入れられるはずだ、という不遜な態度は常のことであるけれど、リョウは神の領域でもその態度を崩さないらしい。
「まずスーパーに寄って」
「はーい」
無駄足覚悟で出発した私は、スーパーの駐車場で認識を改めた。
どんよりした雲ゆきは相変わらずだけど、雨は止んでいた。
タコ糸とスルメイカ、ペットボトルのお茶を買ってスーパーを出る頃には雲の向こうが明るくなり、目的地の公園に着く前に日差しが降り始めた。
横目で睨むと、リョウは得意気な顔で帽子の鍔を上げた。
フロントガラスを通して差し込む日差しは強く、ところどころ青空さえ見える。
私もリョウも同じタイミングでサンシェードを下ろす。
「俺、晴れ男だって言ったじゃん」
勝ち誇ったようにリョウは口角を上げた。
「この前濡れて帰ってきたくせに」
「たまにはそういうこともある」
「ただの偶然じゃない」
「偶然は運命に由来するんだよ」
「バカバカしい」
憮然と運転する私の隣で、リョウがからりと笑った。
私は小さくため息をつく。
リョウの心底楽しそうに笑う声は、私の胸を痛くする。
そんな風に笑われたら、私はどんなことでも許してしまう。
だから不機嫌な態度をとっていないと自分を保てない。
当人は太陽に笑いかけ、満足げにお茶を飲んでいた。