ドアが閉じる音が胸に響いて、数分前まで私の中にあった穏やかな感情は跡形もなく消え去った。

思考が停止したまま、私はリョウの部屋のドアを開ける。
靴を脱ぎ捨て、バッグを放り出し、リビングのドアを開ける。

リョウはソファーでペットボトルのお茶を飲んでいるところだった。
その腕を、私は強く引いた。
肘のところと肩のところを持って力任せに。
そして、ふり向いたリョウの唇に自分の唇を押しつけた。

傾いたペットボトルからお茶がこぼれて、リョウのフーディーも私のガウチョパンツもソファーも床も濡れた。

シミになる、とか、拭かなきゃ、とか普段なら反射的に考えることも浮かばなかった。
ただすがりつくことに必死だった。

リョウは何も言わずペットボトルを放り出して、ただ深いキスだけを返してきた。
頭を撫で、髪の間を指が滑り、毛先をくるりと指にかける。
それから肩の丸みに触れて、背中の深い襟ぐりをなぞった。
唇はお茶のせいで冷たく濡れていて、中は熱かった。

呼吸が苦しくなるほど長いキスのあと、リョウは喉の奥で笑い、私は何十回目かの敗北を知る。

その夜箕輪さんから来ていたお礼のメッセージには気づかなかった。
数日後にふたたび連絡をもらうまで、彼のことは思い出しもしなかった。
平謝りに謝って「もうお会いできません」と伝えると、むしろ私を気遣う内容の返信があった。
返事はできなかった。


昨夜もまたカーテンを閉め忘れたらしい。
そのことには、いつも朝になってから気づく。
ここの窓から入る朝日は、後悔と絶望の色をしている。

リョウから離れることも、リョウと一緒にいることも、どっちも同じくらいに不幸だった。
幸せになろう、なんて望むことが愚かなんだ。
不幸も幸せも、私にはカフェオレとカフェラテほどの違いしかない。