あれから、半ば誘拐されるように車に乗せられた私は、思わず身震いした。
まず、車がデカい。
漆黒の高級車。
中はリムジンかと思う程の広さだ。
そして何より…
(さっむッ)
クーラーがバグっているのではないだろうかと疑う程の寒さだった。
だが、同じ車内にいる夜魅月会長は平然としている。
(雪男かよこの人は!寒くないのか!?)
次第に寒さは増していき、冷凍庫のような寒さになる。
(うん……流石に不味い)
そう思った私は、ひとまず会長に声をかけてみることにした。
「あの…」
「ん?何だ?」
恐ろしいほどに甘い笑みを浮かべる会長。
私はなぜか、黒豹に睨まれた鼠のような気持ちになった。
「いや、全然、大した事じゃないのですけど」
「…何だ?」
「あの…」
「?」
「…物ッ凄く寒いです」
正直に言ってみる。
すると、会長はあっさり言った。
「ああ、そんなことか」
「……そッ……」
(そんなことか!?はあああ!?)
思わずキレそうになる。
すると、会長がニヤリと笑った。
「寒さを凌ぐ方法ならあるぞ?」
「え、本当ですか」
私は勢いよく食いつく。
「教えて下さい」
すると会長が、美しく微笑んだ。
口の中に甘い蜜を流し込まれたような感覚に陥る。
会長は、自分の膝をポンと叩いた。
「乗れ。抱きしめてやるから」
「…………」
絶句する私。
「何だ?遠慮ならば不要だが」
そう言いながら、会長は私の隣に移動した。
「?……会長?……あ、ちょっ…」
私が抗議する前に、会長は私を抱きしめてしまった。
お腹に手を回して、ぎゅうっと締める。
「会長…今日初めて会った人間にそれはどうかと…」
「会長と呼ぶな」
「え?え…ええと、夜魅月先輩」
「それも却下だ」
「ええ?えー…ええと…うーんと…」
(待て待て待て、私この人の下の名前知らないんだが)
私がそう思った瞬間、先輩が言った。
「ロウ。木ヘンに米に女と書いて[楼]。俺の下の名前だ」
「あ、そうなんですね…」
「………」
「………」
……
…………
………うん?
……ああ、そう呼べと!?
そう言う事!?
やっと察した私は、おずおずと口を開いた。
「…ええと…楼先輩」
「ん?」
ニコリと笑う生徒会長(誘拐犯)。
(よし、間違えてなかった)
「ええと」
「何だ?どうした」
耳元で囁かれる。
低い声が直接脳に響き、波紋が広がっていく。
ゾワリ、とした。
低く美しい声に、私は思わず震えあがった。
「ちょっ、やっぱり先輩距離感おかしいですって!!」
思わず逃げ腰になりつつそう言う。
「ははは」
何がおかしいのか笑っている先輩。
(ははは、じゃない!!)
私は先輩から思いっきり顔を逸らした。
(…おかしい)
…寒かったはずが、急に熱くなってきたんだが。

結局車を出るまで、先輩は終始私を抱きしめたままだった。