生徒会長は、私の方を見て微笑んだ。
…いや[微笑んだ]、と言うよりは[口元を三日月型にした]と言った方が合っているかもしれない。
目が笑っていなかったからだ。
「初対面では無いが、初めまして。俺は夜魅月。ご存知の通り生徒を取りまとめる存在だ」
威厳を感じさせる低い声で、夜魅月会長が言う。
(…あれ?この人の一人称[俺]だったっけ…)
現実から逃避したいがためか、どうでも良いことを考えてしまう。
夜魅月会長は腕を組んで私を見た。
「君は、黶木で合っているな?」
「え?…は、はい」
「…ほーーぉ?」
夜魅月会長は私をじっと見つめた。
数秒後、ニヤリと笑う。
「お前、ちょっとマイと腕相撲してみろ」
「………は?」
私は思わずフリーズした。
(ええと…なんて言ったこの人)
…腕相撲?
今ここで?
さっきの赤髪と?
………どう言う事だ?
私がぐるぐる考えている間に、いつの間にか目の前にガラステーブルが置かれた。
さっきのマイと言う赤髪が手を差し出してくる。
「……早くしろ」
「………」
「従った方が身のためだ」
耳元でそう言われ、思わず不良の手を握る。
そしてガラステーブルに肘を付けた。
すると、先程まで背後で待機していた数名の生徒が近寄って来た。
「……ワァ…」
「マイ〜、手加減しろよ〜」
「女の子泣かせたら恥だぞ?」
「…マイとやらせるとか会長何考えてんだ?」
「…さぁな」
…なんと、待機していた生徒ども、外見が不良だった。
いや、真面目そうな生徒も何名かいるが。
金髪の者、襟足が伸びている者…外見は様々だが、全員が片耳に髑髏のピアスを付けている。
夜魅月会長は何も言わない。
ただ微笑んでいるだけだ。
私は…段々イライラしてきた。
(急に連れて来させられたかと思ったら…なんなんだコイツらは)
次第に騒ぎ出す野次馬共を見て、更に怒りが募る。
と、会長の背後から人がにゅっと出てきた。
…真面目そうな眼鏡、整った外見。入学式で見た、生徒会副会長だ。
副会長は私とマイに近付いてきた。
そしていきなり言った。
「では対戦です。合図は、3、2、1、レディーゴーです」
(え、早っ)
思わず焦り、マイの手を握り直す。
負けたくない。
(…どうせ終わったんだ、もうどうにでもなってしまえ)
半ばやけくそ状態の私は副会長のカウンドダウンを聞く。
「3、2、1、Ready?…Go!!!」

ダアアアンッ!

勝負は一瞬だった。
勝者は…………私だった。
やった事は単純だ。
Goと言われた瞬間に相手のーーーーマイの腕をガラステーブルに叩きつけただけだ。
そう、それだけだった。
…だが、どうやらそれだけで効果は絶大だったらしい。
勢いよく叩きつけすぎたのか、ガラステーブルにはヒビが入り、マイは手から出血していた。
余りの出来事に、周囲の野次馬は絶句している。
副会長など、余りの出来事に衝撃を受けたのか、カチコチに固まっている。
生徒会長は目を見開いて私を見つめていた。
静寂。
何とも辛い静寂が訪れる。
(もうこのまま放置して帰ろうかな…)
私がそんな事を思い始めた、その時。
唐突に静寂が破られた。
会長がパンパンと手を叩いている。
「素晴らしいな」
そしてそのまま立ち上がり、私の方にツカツカ歩いてくると、唐突に跪き手を取った。
会長の奇行に、私を含めた一同が唖然とする。
「持って帰る」
「は?」
(は?)
脳が思考を止めている。
……脳が思考を……
生徒会長は、完全にフリーズした私を抱き上げ、姫抱っこ状態にした。
そのまま平然とドアから出て行こうとする。
そして、ふと思い出したように振り返った。
「マイ、手の傷は洗って消毒しておけ」
「え?…あ、は、はい」
呆然としていたマイが、慌てて頷く。
満足そうに頷いた会長は、私を抱えたまま、今度こそ部屋を出た。