髪を切ったあと初めての出勤の日は、みんなが二度見をして「失恋したの⁉」「何か悪いことしたの⁉」と大騒ぎ。失恋はまだしも、悪いことなんてするわけがない。何年も一緒に働いてきた同僚のはずなのに、みんなわたしを何だと思っているのだ。

 特に同期の中村がひどかった。
 三度見をした挙げ句わたしの肩を掴み、ぐわんぐわんと前後に揺さぶりながら「どこのどいつに何されたんだ! そんなひどい男と付き合ってんのか? その男に切られたのか? もしや男に貢ぐために髪を売ったわけじゃないよな⁉」

 いや、妄想がひどい。どこをどうしたらそんな結論に至るのだ。

「邪魔だったから切っただけだよ」

 中村のごつごつした手を退けながら言うと、彼はほっと胸を撫で下ろしながら「良い男と付き合ってるってことでいいんだな」と。あくまでわたしに恋人がいる前提で話をまとめる。

 恋人なんて、もう何年もいないのに。まあ、恋人になりたいなって思う人はいるけれど、如何せん鈍感で鈍感で……。


 いい加減察してくれないかなあ、なんて考えながら、ちらりと彼に視線を向けるけれど、分かり切ったことだった。そんな高等技術を持っているわけがない。この鈍感さは、何年も前に気付いている。

 髪を切って気分を変えたのを機に、彼に対してもっと積極的になってみようかな、と。これはもうわたしがどんどんアプローチするしかないかな、と。年齢よりずっと若く見える顔を見上げながらぼんやり考えていたら、中村が急に「ロングも好きだったけど、ショートも似合うな、可愛いよ」なんて言い出すから。子犬みたいに愛らしく笑うから。

 わたしは、すっきりした後頭部を撫でつけながら、動き出す決意をした。



(了)