(幸福な未来)


 夜、電話をかけてきた彼女に冷たい言葉を吐いたのは、仕事で嫌なことがあったせいだ。

 彼女の「用がなきゃ電話しちゃだめなの?」「声が聞きたかったじゃだめなの?」という、ひどく悲しそうな声を聞いたとき、自分はなんてことを言ってしまったんだ、と後悔した。

 いくら仕事で嫌なことがあっても、彼女には何も関係ない。残業をしてくたくたで帰って来たのも、冷蔵庫が空っぽなのも、こちらの問題だ。僕がしたのはただの八つ当たりでしかない。

 謝ろうと思った瞬間電話は切れて、すぐにかけ直したけれど、応答はなかった。

 僕は慌てて部屋を飛び出し、車に飛び乗った。時間はもう深夜だ。訪ねるには非常識な時間だけれど、それでもいい。この些細なすれ違いを、このままにしておくべきではない。些細なことを、些細だからと切り捨てるべきではないのだ。


 静かにドアを開けた彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。

「どうして来たの?」
 涙が滴るような声でそう言った彼女に、僕は「顔が見たかったから」と返す。ようやく笑った彼女に歩み寄り、大事に大事に抱き締めた。




(了)