「待て、ナイジェル将軍」

本来ならナイジェルが剣を振り下ろすと同時に隠し持った小刀で縄を断ちキールとともに暴れ回る算段であった。

事態は二人が思ってもいない方へと唐突に狂い出していく。

それはまるでこの世のものとは思えぬ光景であった。

停車してあった馬車からゆっくり降りてきたのは、戦場には似つかわしくない美女であった。

透けるような白い肌に、薔薇のように色づいた唇、ふわりと揺れる銀色の髪は夢かと見紛うほどの神々しさであった。

マガンダ兵、そしてラルフとキールを含めた誰もが、彼女から目が離せずにいた。

ただひとりナイジェルだけが苦虫をかみ殺したような渋い表情をしていた。ナイジェルは行き場を失くした剣を鞘に納めると美女に詰め寄った。

「ララ姫!!決して馬車から降りてはならぬと申し上げたはず!!」

「ララ姫だと……!?」

クルスの第1王女にして、かつてラルフが婿入りを打診されていたその人である。

ララ姫は騒ぎ立てるナイジェルを無視し、とても生きているとは思えぬ軽い足取りでラルフの元へとやって来た。

「妾によく顔を見せよ」

ララ姫は持っていた扇でラルフの顎を持ち上げた。

「リンデルワーグの王城でちらと見た時もなんと素晴らしい面構えと思うたが、間近で見るとなお顔の精巧さが良く分かる」

ララ姫は満足げに微笑むと、ナイジェル将軍にこう言った。

「首切りは中止せよ。胴と切り離すには惜しい芸術品じゃ」

「し、しかし!!」

「お主の目的はリンデルワーグの領土をマガンダ国王に献上することではないのか?それなら殺すよりも良い方法があるであろう?」

ララ姫はもっともな理由を上げ、ナイジェル将軍の浅慮を嗜めた。

(まずい……)

キールは内心焦っていた。

ララ姫の登場により、作戦は想定もしない方向に転がり始め、最早制御不能となった。

このままでは無防備なラルフをひとり敵地に置いていくことになる。

負傷を覚悟して助けに入るべきかいなか、キールは迷った末に剣に手をかけた。

割って入る契機をうかがっていると、ラルフに向けられていたララ姫の視線が今度はキールに注がれる。