(思えば、あっという間だったわね)

気づけば、還暦はとっくに過ぎてた。

結婚祝いどころか、誕生日さえ章に祝ってもらえた記憶はない。

体が衰えて自分の思い通りに動かなくなってきて、ふと虚しくなる時がある。

「ねえ、おばあちゃん!ケーキ買ってね」
「あらあら、もうすぐお昼ごはんでしょ」
「だから、デザートだよ!」
「仕方ないねえ」

畑の道沿いを歩くのは、仲睦まじく手を繋ぐ祖母と孫の姿。それが、じんわりと白く濁る。
誰も見ないだろうけど、涙を見せたくなくて麦わら帽子を深く被り顔を隠した。

(……羨んだって仕方ない……私には絶対無理なものなのだから)

子どもがいたら、と思ったことなんて何度あっただろう。近所の人や知り合いの子ども……孫自慢。
きっと、された側がつらい想いを抱えたまま愛想笑いをしてるなんて、当たり前にある人には想像もつかないだろう。


「……帰ろう」

そろそろ、昼ごはんの準備をしないと章がうるさい。ゆっくり立ち上がったつもりだったけど、突然頭がクラッとなった。

「危ない!」

体が傾いた瞬間……誰かが私を抱きとめる。

「大丈夫ですか?」
「は、はい…すみません……」


(え……健一兄ちゃん?)

ゆっくりと顔を上げて男性の顔を見た瞬間、自分の目を疑った。

それは、かつて島で親しくしていた初恋の人とうり二つだったから。

(まさかのね…気のせい、気のせいよ)

必死で、自分に言い聞かせる。何十年ぶりかの胸の高鳴りを自覚しながらも。