彼が私に向けている灰色の瞳は白く混濁していて、その焦点は定まっていない。
 幼い頃から弱視だった彼の目は、大人になるにつれて段々と見えなくなり、今は光を僅かに通すだけで、ほとんど見えていないらしい。

 私とアルが出会ったのは半年前。
 ロバート殿下から付き纏われ、逃げる様にこの森へやってきた私は、帰る道が分からなくなってしまった。
 そんな私の前に現れたのが彼――アルベルトだった。
 不思議な瞳だとは思ったけれど、その時は彼が盲目だとは気付かなかった。
 だってまるで全て見えているかの様に森の中を歩くから。

 彼の案内で無事に森の外へ出る事が出来た私は、後日、お礼をするためにクッキーを焼いて持って行った。
 その時に初めて、私は彼の目が見えていない事を知った。
 だから彼が、私の容姿に関係なく優しく接してくれた事がとても嬉しかった。
 生まれて初めて、自分から男性に近付きたいと思った。
 そんな思いから、私の口からとんでもない嘘が飛び出した。

 『私は筋肉だけが取り柄の通称ゴリラ女だから、力仕事があればなんでも任せてちょうだい』と。

 自分でもセンスの無い嘘を言ってしまったと思うけど、どうしても彼に会う口実が欲しかった。
 私の顔だけを見る人じゃなくて、私の内面を見てくれる人をずっと望んでいたから。

「へえ。それは頼もしいね。じゃあ、本当に困った時にはお願いしようかな」

 そんな私の提案を、アルは快く受け入れてくれた。
 こうして私はアルと友達になったのだけど、肝心の力仕事は未だに任された事がない。
 
 と言っても、実際に頼まれたとしても、その期待に応える事は出来ない。
 だから素直にアルの優しさに甘えている。