隣国のアストロス王子は、その容姿の美しさもあって、この国の令嬢達の間で多大な人気を誇っている。
 だから特に興味がなくても、彼の噂は耳にしていた。

「貴方も最近、婚約破棄したらしいですね? それも、真実の愛を見つけたとかで。もしかしてそれ、私の事だったんですか? でも私とあなたって、まともに会話した事もないですよね? 実は私達は幼い頃に運命的な出会いを果たしていた、なんて過去も一切ありませんよね? 本当に一回だけ、顔を合わせただけで。それでよく真実の愛とか言えましたね? それって、ただの一目惚れじゃないのかしら。ていうか、せっかく王妃教育から逃れたのに、貴方と婚約したらまた王妃教育が戻ってきちゃうじゃないですか。ああ、考えただけで眩暈が……う、吐き気も……。ちょっと気分が悪いので帰らせてもらいますわ」

 私は口元を押さえると、アストロス王子に背を向け、再び歩き出した。
 チラッと見えたアストロス王子は、なんだか白目を向いて固まっている様だったけど、見なかった事にする。

「カリナ嬢!」

 ようやく会場の外へ出られた私は、長身でガタイの良い青年に呼び止められた。

「呼び止めてしまってすみません。私は王室所属騎士団に在籍する騎士でウエンツと申します。貴方が傷付いた姿を拝見して放っておけなくて……」
「自己紹介ありがとう。でもどうか、私の事は放っておいてください。さようなら」

 見知らぬ男性にすぐ別れを告げ、再び歩き出した私の前に、待ち伏せしていたかの様に次々と男性が現れ立ち塞がった。

「カリナ嬢! 私はずっと貴方の事が――」
「カリナお嬢様! どうか私と共に――」

 ああ、もう。さっきから次々と……一体誰なのよ?
 なんでまともに話をした事が無い女性を口説こうとするのかしら?

 自分で言っちゃうのもなんだけど、それもこれも、全てこの美しいともてはやされている顔のせい。
 結局皆、私の美しい顔しか見ていない。
 ロバート殿下もアストロス王子だって。近寄ってくる男の人はみんな同じ。

 ただ一人の男性を除いては――
 そう、彼だけは他の人とは違う。

 今までは婚約者がいるからと、この想いを封じ込めてきた。だけどその必要はもう無くなった。
 ああ、早く彼に会いたい。そして今まで言えなかった私の気持ちを伝えたい。

 はやる気持ちを抑えながら、私は帰りの馬車へ飛び込んだ。