「婚約破棄はあなたが勝手に言い出した事でしょう。婚約破棄された側の私が、なんであなたに気を利かせないといけないのですか?」
「その通りだ。見苦しいぞ、ロバート王子」

 突然、私の背後から聞こえた声。振り返った先には、煌びやかな正装に身を包み佇む若い男性の姿。
 長い銀髪は一括りに纏め清潔感さえ感じられる。
 そして黒曜石の様な真っ黒な瞳。それは隣国であるウェンディ国の王家の証。

「な!? お前は……ウェンディ国のアストロス王子!? なぜお前がここにいる!?」
「ある噂を聞きましてね。周囲の反対を押し切り、平民の女性と婚約をした王太子が、今は別の女性に熱を上げ、その婚約を破棄しようとしていると」

 そう言うと、アストロス王子は鋭い目つきでロバート殿下を睨みつけた。
 そこへ、先程まで傍観していたスーランが、テケテケと小走りで駆け寄ってきた。

「アストロス様ぁ! カリナ様ったら酷いんですぅ! 誰もいないのを見計らってぇ、私に酷い罵声を浴びせてくるんですぅ! もう私……耐えられなくて……。うっううう……ひっく……」
 
 スーランは涙を流し、お得意の上目遣いアピールを披露しながらアストロス王子に手を伸ばした。
 それがアストロス王子の体に触れるよりも先に、彼の手によって払いのけられた。

「私に気安く触れないでもらいたい。それに、私の名前を呼ぶ許可もした覚えはない。初対面なのに馴れ馴れしい。お前の様な計算高い女性はこれまでに何度も見てきた。その欲にまみれた下心も全てお見通しだ」
「……!? そ、そんな……酷いですぅ! ロバート様ぁっ!」

 スーランは再びロバート殿下の方へと駆け寄ると、その胸元へ飛び込みメソメソと泣き始めた。
 ねえ、今何しに行ったの? 何をしたかったの? 新しいギャグを披露しようとして不発に終わったの? 気になるじゃない。

「カリナ嬢」

 名を呼ばれて我に返ると、アストロス王子は私の前で跪き、忠誠を誓う様に自分の胸に手を当てていた。