「入れてくるね」
当たり前のようにそう言って席を立とうとする朱を私は腕を掴んで止めた。
「いいよ。もう食べ始めたんだし。絶対必要でもないし」
「…」
そんな私を朱は黙ってじーっと見つめる。
そして数秒後にっこりと笑って口を開けた。
「必要でしょ?兄さんの朝にはあったかいお茶だよ。ゆっくり冷ましながら飲むのがルーティンでしょ?」
「そ、そうだけど…」
「僕が取りに行きたいんだ。だから行かせて?」
「…わかった」
どうしても行きたい、とそんな目で訴えられてしまえばこちらが折れるしかない。
そもそも取りに行ってもらえること自体は大変有り難いことだし。
私が朱の手を離すと朱は「行ってくるね」と行ってカウンターの方へ消えていった。
何であんなにも温かいお茶にこだわるんだろう。
「紅、おはよう」
カタン、と目の前の席に誰かが朝食を置く。
そしてそのまま椅子を引いて座ったのは蒼だった。
「おはよう、蒼」
目の前にいる蒼に私も朝の挨拶をする。
「朝の護衛は武だっけ?」
「そう。姫巫女様のご指名は俺だったんだけどね。今日の授業は流石に出ておきたいし、午後からは任務入れられてるから」
「ふーん。じゃあ珍しく姫巫女様の護衛はなし?」
「それは難しいかな。1日のどこかで僕に会いたいみたいだから今日の深夜の護衛くらいに入らないといけないんじゃないかな」
「深夜って…」
午後からの任務なら帰ってくるのは夜だ。
そこから寝ずに深夜の護衛を蒼がするとはあまりにもハードすぎる。
「俺、今日の夏祭りの任務近場だよ?深夜の護衛変わろうか?」
「いや、大丈夫だよ。姫巫女様のご要望にはなるべく応えないといけないしね」
「でも深夜って姫巫女様は寝ている時間だし…」
「いや、姫巫女様ならきっと俺が護衛に来たタイミングで少しでも起きるよ。いつもそうなんだよ」
「へ、へぇー」
姫巫女怖えー。
どこか疲れの取れていない様子の蒼が少しでも休めればと思っていくつか提案して見たが、蒼からはいつもの調子、何を考えているのかわからない笑顔で全部遠慮された。
そして私は今、姫巫女に恐怖心を抱いていた。



