紅はそれから頭をずっと下げ続けた。
由衣が「もう顔をあげて!」と言っても。
「由衣、そんなやつ放っておいてもう行こう」
「で、でも…」
「紅はこうって決めたら動かないから。由衣が目の前から消えるまで頭を下げ続けるぞ」
「わ、わかった…」
こうして俺たちはその場を去った。
由衣は紅のことが気になるようで何度も何度も後ろを振り返っては紅のことを確認していたが、俺は一度も紅の方を振り返らなかった。
あんな奴、もう、友達でもなんでもない。
*****
「…ゔ」
左肩に誰かを感じながら目が覚める。
左肩の誰かとは紅だ。
…また嫌な夢を見てしまった。
俺はたまにあんな夢を見てしまう。
いつも紅と俺は敵対していて、俺はいつも紅を悪と決めつけている。
いや、俺だけじゃなく、全ての人間がそうであると信じて疑っていない。
どうして紅が悪になってしまったのか。
俺の知っている紅ならきっと理由があるはずだし、そもそも悪ではないかもしれない。
現実では絶対にあり得ない状況の夢なのに、あまりにもリアルすぎて心が抉れる。
紅にあんな顔させたくないし、あんな環境に身を置いて欲しくない。
「…」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな寝息を立てて俺の左肩に頭を乗せている紅を見つめる。
目の前にいる紅はいつも通り変わらない。
そのことが俺をどんなに安堵させるか。
全部嫌な夢のせいだ。
そのせいでこんな普通を大切な奇跡のようなものだと思ってしまう。
だけどもし、現実で同じようなことが起きたら。
紅が何故か姫巫女様と対立して〝悪〟になってしまったら。
その時俺はどうするのだろうか。
夢の中の俺のように姫巫女様の味方になるのだろうか。
「…はっ」
自分の思考がおかしくてつい呆れて笑ってしまう。
愚問だな。
どんな理由があろうと紅の側から離れない。
正しいとか正しくないとかどうでもいい。
俺がいないとコイツはダメだから。
いまだに眠り続ける紅を見て俺は改めて〝紅から絶対に離れない〟と胸に刻んだのであった。



