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あの時失ってしまった少女が今、目の前で幸せそうに笑っている。
俺はもうそれだけでいいのかもしれない。
だからこそ紅のめちゃくちゃな提案も受け入れてしまったのだろう。
「…?龍?」
俺の視線に気がついたのか紅が不思議そうにこちらを見る。
何故、自分を見ているのか問いかけるようなその視線に俺は心がじんわりと暖かくなった。
もし、あの時に全てが終わっていたのならこの愛おしい視線を感じることさえもできなかったのだ。
神という存在に俺は感謝しなければならないのだろう。
『はーい!呼びましたか?龍?』
「…」
突然、楽しそうな神の声が頭に響き、一気に熱が冷める。
〝神〟と少しでも言ってしまった自分が恨めしい。
この〝神〟という存在はいつもそうなのだ。
全く用事などないのに突然気まぐれに俺の言葉に反応する。
『もう、そんなに嫌がらないでくださいよ?これも一種のコミニケーションですよ。私たちは仲間なのですから仲を深める為に必要なことでしょう?』
「…お前の力は認めるが仲を深める必要なんてないだろ」
「え?え、えぇ?」
神に文句を言ったつもりだが、何故か紅が目を丸くして難しそうに首を傾げる。
そんな紅を見て神は『あ、今はアナタにだけ話しかけているので、私の声はアナタにしか聞こえていませんよ?』と俺に笑いを堪えながら言ってきた。
…殺せるものなら殺したいと思えるほど腹立たしい。
『まあ!何と物騒な!』と神の抗議が聞こえてきたが、俺はそれを無視した。
「…龍にとっての私はその程度の存在なのかもしれないけど、私にとって龍は守りたい存在で、恩人で、大切な存在だよ。だから…」
少し神に意識が向いている内に紅が何やら深刻そうに話を進めている。
話の内容的に紅にあらぬ誤解を招いているようだ。
「待て、紅」
なので俺はとりあえず紅の言葉を遮った。
そんな俺を紅が不思議そうに見つめる。
「さっきの言葉は俺に話しかけてきた神に向けてのものだ。俺もお前が大切だし、守るべきだと認識している。お前と俺は一緒だ。だから何も不安に思うな」
「…龍」
真実を述べた俺を紅がどこか嬉しそうに見つめる。
「ほんと、神様って急に迷惑だよね!急に龍からあんなこと言われてびっくりしたよ!」
それからいつとも変わらない笑顔で明るくそう言って笑った。
俺はこの笑顔が好きだ。
この笑顔を守る為なら何だってできる。
「…悪かった。神とやらは本当に迷惑なやつだな」
『ちょっと!2人とも!聞こえていますからね!?だーれが迷惑なやつですか!』
「気まぐれすぎるからそう言われるんだよ!」
小さく笑う俺と隣で明るく笑う紅の世界がどうかこれからも優しく暖かな世界でありますように。



