円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語

「またダンスのお相手をしてね、ルシ。今日はありがとう」
 手を振ると、ルシードは引きつった顔で弱弱しく手を振り返してきた。
「いや、僕はもう結構です…では失礼します」

 なんですって!
 わたし、もしかしていまフラれたの!?
 
 気を取り直して会場のテーブルに並んでいたマカロンをやけ食いしてやろうと回れ右して戻ろうとしたときに、横からいきなり手を掴まれた。

 こういうとき、大声を出して助けを呼ぶことができればまだ気丈な方で、並大抵のご令嬢だと驚いてそれすらもできず「ひっ」とか「きゃっ」と小さく叫んでいる間に口を塞がれて連れ去られてしまう。

 残念だったわね、ビルハイム家のご令嬢は「並大抵」ではないのよ。

 手首を掴まれたとき、後ろに下がって引き抜こうとするのはダメだ。
 こういうときはむしろ、相手に向かって掴まれた手の肘と肩をぶつける勢いで突進すればいい。
 
 それを実践すると、相手はいとも簡単に手を放し「うわっ」と叫んで後ろに飛びのいた。
 追撃として突進した勢いのまま回し蹴りといきたいところだったが、その声がよく知っている人のものだったために振り上げようとした足を下した。

「レイナード様?何をなさっているんです?」