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前日までのぐずついた天気で中庭の芝生はまだ濡れている。
わたしは濡れることも汚れることも厭わずにその芝生に膝をつき、紫陽花の茂みに上半身を突っ込んでいた。
身に着けているドレスは趣味の悪いド派手なピンクがかった紫色で、スカートは無駄にドレープが多くて贅沢なようでいて実は野暮ったく見えるデザインになっている。
たぶん、このあたりにいるはずなんだけどなあ…。
紫陽花の葉の色と同化してわかりにくいものの、幼いころにさんざん捕まえたことのある獲物だ。
「ごめんね、少しの間だけ我慢してね」
先に小声で謝罪してから素早く手を伸ばしそれを捕獲した。
ちょうどそのタイミングで声が聞こえた。
「シア?何をしているの?」
ああ!円満婚約破棄の神様!ありがとうございますっ!
他人が聞いたら、そんな神様いるのか?と突っ込まれそうなことを心の中で盛大に叫ぶ。
こんなナイスタイミングでレイナード様が現れたんですもの、円満婚約破棄の神様はいらっしゃるに違いないわっ!
「あら、はしたない姿を見られてしまいましたわね。失礼しました」
わざとガサガサと大きな音を立て、ついでに「よっこらしょ」と、これまた伯爵令嬢が決して口にしないような言葉を発して立ち上がる。
スカートを見ると、膝のあたりがドロドロになっていた。
しめしめだ。
「ステーシアさんったら、素敵なドレスが台無しじゃないの」
ナディアが目を丸くしている。
「そうね、特注で作らせたばかりのドレスだったのに、もう処分するしかなさそうだわ」
シルク生地を贅沢に使ったオーダードレスを行儀悪く汚し、それを悪びれもせずにたった1回着ただけで捨てると言い放つ頭の悪そうな令嬢。
どう?悪役令嬢っぽいかしら!?



