円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語

 どうかレイナードを信じて待っていてくれ――そうステーシアに伝えたくてリリーを呼び出したのだが、リリーは猛烈に怒っていた。

「カイン、見損なったわ。偽の恋人かなんか知らないけど、どうしてそれを許したのよ、馬鹿っ!しっかりあの野暮天の手綱を握っておきなさいよっ。ステーシアがどれほど傷ついていると思ってるの?過酷なお妃教育にもずっと耐えた挙句の仕打ちがこれ?どうせあの野暮天の朴念仁はマカロン食べさせときゃいいとか思ってんでしょ!あー腹立つわぁ」

 リリーが怒るのもごもっともだ。
 言っていることも正論だ。
 でもどうすればいいんだよ、俺のせいかよ。

「わたしからステーシアに事情を話せ?冗談じゃないわ。あなたたちとグルだと思われたくないもの。わたしはずっとステーシアだけの味方よ」

 リリーの話によれば、ステーシアはレイナードが吸血コウモリの噛み痕が残ってしまった責任感だけで婚約したのだと思っているらしい。
 レイナードは自分のことなどもともと好きではなかったのだと。
 そしてナディアと出会って「真実の愛」に目覚めてしまったのだと。

 そう思い込んでレイナードとナディアのイチャコラを見つめるステーシアの表情はとても哀しげで、それがまたリアリティー感を増幅させている点では、してやったりなのだが、それはナディアにとっての話であって、ステーシアにとっては大損だ。

 レイナードがステーシアの傷痕を見るたびに苦しそうな顔をするのは、次こそは自分が守る側になると自戒しているためだ。
 幼いころからずっと好きだった女の子を守りたいと思っているからだ。

 だからリリーからそれとなく伝えるか、あるいは、こんなことでレイナードを諦めるなと言って欲しいとお願いしても、リリーは首を縦には振らなかった。

「あの子はもう、婚約破棄に向けて動き出しているの。それが今のステーシアの支えになっているのよ。他の女とイチャイチャしながら中途半端に信じろとだけ言ってキープしようだなんて都合がよすぎるわ。あなたたち女心がちっともわかってないわね」

 そして言われてしまったのだ。
 もう婚約破棄で構わない、ステーシアが国外追放になったらついて行く、俺の代わりはいくらでもいると。 

 頼むからそんなこと言わないでくれ。
 リリーを抱きしめようと伸ばした手はあっけなく振り払われて、リリーは走り去っていった。

 なんてことだ…俺まで婚約者に逃げられてしまった。
 まさか巻き込まれて俺まで婚約破棄になるのか?

 冗談じゃない、あの野暮天め~~~っ!!