驚いた俺は、咄嗟に息を潜めた。
けれどすぐに、彼女が泣いているのだと気がついて、もっと驚いた。
『へーき?』
いないふりをするかどうか迷った挙句、俺は声を掛けることを選んだ。
苦しそうに泣きじゃくる彼女を、なんとなく放ってはおけなかった。
そして、——。
こちらを見上げるように動いた瞳が、はじめてまっすぐに俺を捉えた。
と同時に、——俺のこころもまた、大きく揺さぶられて。きらきらと太陽の光を反射する彼女のきれいな瞳に、捕らえられてしまった。
『筆に乗せる一番手っ取り早い感情は、——“欲”だから』
彼女の泣き顔を見るのが、はじめてだったからなのか。
俺の中にひとつの“欲”が生まれ、瞬く間に評価ばかりを求めていた思考を押しのけて、胸の内を支配した。
——笑顔にしてあげたい。
いつもグラウンドで見るような、明るい笑顔。
自分の見たい景色を、……ようやく見つけられた、瞬間だった。


