父も、この缶バッジには見覚えがあって、当時を思い出すとまだ怒りが込み上げることもある。

けれど、少女の心を鬼に変えてしまったのは自分の責任でもある。
少女に償う義務が自分にもあるだろうけれど、今はまだ、これくらいしかしてあげられない。

父はそう言った。

俺はもっと沢山のオモチャや絵本を持っていたらしい。
全部おねーちゃんが俺に与えた物で、事件後、俺の前から無くなったそれらを、返してと泣いて縋ったらしいけれど、俺の元には戻らなかった。

今、自分の手の平の上で、缶バッジをそっと裏返す。

「倉本 葉月」

缶バッジの裏に油性マジックで書かれた俺の名前。
所々かすれてしまっているけれど、母とも父の字とも違う。
丸っこくてちょっと癖のある字。

おねーちゃんと俺が暮らした唯一の証拠。

この世で父の次に…、いや。
多分、この世で一番、俺を大切にしてくれた人。