「短い間だったけど、お世話になったわね。嘉月のことは心配しないで」


 その声色に嫌味はなく、かと言って温かみも感じなかった。けれど、彼女なりに私を気遣った餞別の言葉なのだろう。

 私は赤くなっているだろう瞳で彼女を見据え、口を開く。


「ひとつだけ、許してください。私がこれからも、嘉月さんだけを想って生きていくことを」


 これは、浮気を疑われた私のささやかな反抗。彼女がどう捉えたのかはわからないが、わずかに目を見張っていた。

「お世話になりました」と深く頭を下げ、涙を手で払ってその場を後にする。足早に病院を出ると、私を心配してついてきてくれていた姉が待っていた。

 彼女は眉を下げて微笑んで近づき、「都」と呼んでよしよしと頭を撫でる。なにも聞かずただ寄り添ってくれる彼女の優しさに、我慢していた涙が一気に溢れ出す。


「お別れ、してきた」
「うん」
「嘉月さん、ちゃんと話せて、笑ってくれてよかった……。もう、生きていてくれるだけでいい」


 事故の後、初めてまともに話せた今は、ただただ彼が普通の生活を続けられるだけでよかったと思う。私がそれの負担になるくらいなら、離れても構わない。

 宝石のように綺麗な思い出を、胸の中のジュエリーボックスにしまって鍵をかける。嘉月さんの幸せを願いながら、私は姉の胸の中で子供のようにしゃくり上げていた。