「君だけだよ。俺の心を柔らかくしてくれるのは」


 あの時と同じ言葉を続けられ、こらえていた涙が呆気なく溢れそうになった。

 本当に覚えていないんだと実感させられた悲しさと、私に対して抱いてくれた気持ちが今も同じである嬉しさがごちゃ混ぜになって。


「あなたは怖くなんかありません。私は知っています。あなたの優しいところ、たくさん……」


 ぽろぽろと塩辛い雫が頬を伝い、唇を嚙みしめた。

 ああもう、泣かないつもりだったのに……これじゃ嘉月さんを戸惑わせるだけだって。これ以上、涙と一緒に本音までこぼしてはいけない。

 俯いて手早く涙を拭い、彼の顔を見られないまま定型文のような言葉を告げる。


「早く怪我がよくなるように祈ってます。お大事にしてください」
「待て──」


 逃げるように病室を出ようとする私を、彼が呼び止めた。強く手を握って一度だけ振り返り、困惑と焦りが混ざったような表情をしている彼に精一杯の笑みを向ける。


「さようなら」


 あなたと相思相愛になれて幸せだった。授かった命は私が責任を持ってきちんと育てるから、安心してね。

 最愛の彼に別れを告げ、後ろ髪を引かれる思いを断ち切って歩き出す。

 病室を出ると、お母様が壁を背にして立っていた。話が終わるまで待っていてくれたのだろう彼女は、感情を読み取れない無表情で口を開く。