バッグに書類を入れながら答えていると、突然腕をそっと掴まれた。鈴加さんはなにかを決意したような上目遣いで俺を見つめている。


「仕事じゃなくて、プライベートでのお誘いです」


 その言葉の意味をすぐに察し、目を見張った。彼女の頬がかすかに紅潮していく。


「私は駅で助けられた時から、副社長をずっと意識していました。それが……あの夜がきっかけで、完全に恋に落ちてしまって」


 突然の告白に驚くも意味深なひと言が引っかかり、俺は眉をひそめて「あの夜?」と聞き返した。

 鈴加さんは気まずそうに一度まつ毛を伏せた後、意を決したように口を開く。


「約三年前、ひと晩だけですが、私たちは男女の関係になっていたんです。副社長の記憶からは消えていますよね」


 ──衝撃的な話を告げられ、俺は唖然とした。

 ひと晩だけ男女の関係に? まさか俺が、付き合ってもいない女性にそんな行いをしたのか?

 にわかには信じられず、困惑を露わにして再確認する。


「俺が、君を?」
「そうです。歓送迎会の後、酔った私を介抱してくれたんです。副社長のマンションで休ませてもらって、そのまま……」