「やめろ」


 私より先に嘉月さんが低い声で言い、鈴加さんの手を振り払った。誰とも目を合わせない彼の表情には鬼気迫るものがあり、彼女はやや怯えたように口をつぐみ、私も息を呑んだ。

 そして苦しげに眉根を寄せて目を閉じ、再び片手で頭を抱える。


「勝手なことを言うな。俺は、都を……」


 ひとりごつ彼は、混乱や葛藤で一杯になっていることが窺える。本当に記憶を取り戻し始めているのだろうか。だとしても、それが誤解した記憶だったら喜べるわけない。

 この状況で弁解して信じてもらえるだろうか。苦しそうにしている彼の状態も心配で涙目になる。どうしたらいいかわからず、ただ「嘉月さん……」と名前をこぼした。

 次の瞬間、こちらに走ってきた昴が私の前に立ち、鈴加さんと嘉月さんの方をキッと睨みつける。


「ママをいじめるな!」


 小さな口から出た大きな声に、全員が唖然として押し黙った。嘉月さんも、一気に我に返ったように目を開き、昴の前に慌ててしゃがむ。


「昴──」
「やだ!」


 なにか声をかけようとした嘉月さんを拒否し、昴は店の入り口の方へ走り出した。彼の行動に驚いて固まっていた私もはっとする。