結局、店を閉める話は保留になったものの、マスターの言葉が小さな棘のように胸に刺さって抜けない。もう一度彼に情熱を抱かせる方法はあるのだろうか。
廊下に出て、仕事に戻る里実さんと曖昧に微笑んで別れる。「ママ、これなぁに?」とあらゆるものを指差して聞く昴に付き合いながら、しばらく考えを巡らせていた。
その時、店の入口のドアが開く音が聞こえた。勤務中ではないのに身体が勝手に動き、廊下を抜けて店内に向かう。
ひょいっとホールに顔を出すと、スーツ姿の男性がこちらに気づいて片手を上げた。
「都ちゃん、久しぶり」
「朝陽くん! いらっしゃい」
やってきたのは、爽やかな笑顔を浮かべる朝陽くんだ。片手にはスーツケースを持っていて、どこかへ行ってきたことがわかる。
彼は三年前から、嘉月さんと別れた私を心配して時々会いに来てくれていた。最近は三月の始めくらいに一度会ってから顔を見ていなかったが、変わらず元気そう。
「最近来なかったけど、忙しかったの?」
「先月から長期出張してて、やっと戻ってこれたとこ。福岡行ってたんだ」
「へー! いいなぁ、美味しいものいっぱい食べてきたんでしょう」
「恨まれそうだと思ったからお土産買ってきたよ」



