夫の一番にはなれない



ほんの数秒のやりとりだったが、來の反応は明らかに普段とは違っていた。

いつものように軽く流すわけでもなく、どこか引っかかるような、妙な間を置いた口調。


わたしの隣で谷口先生は、すでに帰り支度を整えかけていた。


「それじゃあ、こちらはこれで。田淵くん、二度とこんなことはしないように」

「……チッ」


吐き捨てるような舌打ちをして、田淵くんは椅子の背に寄りかかる。

やがて校門の方から、彼の母親が早足で現れた。


「もう……あんた何してんのよ!どれだけ探したと思ってんの!」


母親の怒声に、田淵くんは「うっせーんだよ、クソババア」と悪態をつく。

その口の悪さに、わたしたちは一瞬顔を見合わせたが――來は険しい顔で目を細め、何かを言いかけたが、結局黙ったまま見送った。


田淵くんはやや強引に母親に引っ張られ、ぶつぶつと文句を言いながら校門の外へと消えていった。


「……一応、明日またちゃんと話を聞くよ」


阿部先生がぽつりと呟くように言った。

田淵くんの様子に、誰もが何かしらの家庭的な問題を感じ取っていたのだろう。


わたしも、あの母親の表情の険しさが、気になって仕方なかった。


「奈那子先生、さっきの先生……知り合いだったんですね?」


そのタイミングで、近くにいた女性教諭がわたしに声をかけてくる。