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「櫻井先生!――あ、じゃなかった。奈那子先生、聞いてよ!」
いつものように勢いよく保健室のドアを開けてきたのは、2年生の早苗さんだった。
私立高校の中でも県内でトップクラスの進学校。
その学校で、わたしは養護教諭として六年目を迎えていた。
保健室の仕事は、けがや体調不良の対応だけじゃない。
生徒の心の不調や悩みに寄り添うことも、大切な役割だ。
「どうしたの?また中川先生に怒られたの?」
「そうなの!あのクソ担任、ウチばっか目つけてさあ。今日も朝から説教三昧!」
毎日こうして、生徒が休み時間のたびに駆け込んでくる。
同じ一日はなく、次々に事件が起こる。
それが学校、そして教育現場の日常だ。
そんな中、ふと一年前の今日を思い出す。
ちょうどこの季節、わたしは結婚したのだった。
旧姓・櫻井から、滝川奈那子になって、もうすぐ一年が経とうとしている。
「でも、自分を叱ってくれる人なんて、今のうちよ」
「いやいや、あいつマジでウザイって。ウチが課題忘れただけでさ」
「昨日も忘れてたでしょ。さすがにそれは早苗さんが悪いよ」
「う……それは、まぁ、そうなんだけど」
早苗さんは、わかってはいるけど素直になれないタイプ。
毎年こういう生徒は必ずいる。
そして、こういう子に限って、保健室の常連になるのも決まっている。



