夫の一番にはなれない



***

夜、資料の整理をしていた手がふと止まった。

保健室で大樹と幸のやりとりを見たからか、俺の中で止まっていた何かが静かに回り始めていた。


気がつくと、あの時の光景が頭をよぎっていた――


俺と奈那子の出会いは、今でも鮮明に思い出せる。



あの日。ファミレス。

別れ話を切り出された直後、彼女は涙をこらえていた。


泣いてしまえばどれだけ楽だったろうに、必死に笑顔を作ろうとしていた。

俺はその姿に、言いようのない衝撃を受けた。

この人は、こんなにも誰かを想っていたんだ――と。


俺も同じだった。

裏切られて、傷ついて、それでもどこかに置き場所のない感情を抱えていた。


でも、彼女の涙を見た瞬間、俺の中で何かが大きく変わった。


この人には、もうこれ以上、泣いてほしくない。

そう思って、無意識にポケットのハンカチを差し出していた。


「これ……使ってください」


顔を上げた奈那子と初めて目が合った瞬間、息をのんだ。

全身を電気が走ったようだった。


こんな出会いがあるなんて、思いもしなかった。