夫の一番にはなれない



「ねえ、大樹くん」


そのとき、奈那子の声が静かに響いた。


「幸さんのことを心配して断ったのは分かるよ。それだけ大切に思ってるってことも。でもね――」


奈那子の言葉が、少しだけ震えていた。


「大切な人のために“何かしたい”って気持ちも、同じくらい大事なの。きっと幸さん、すごく悲しかったと思うよ」


――“悲しかったと思う”

それはきっと、あの時の奈那子自身の言葉だった。


思い返せば、奈那子は何度も俺に聞いてきた。


「夕飯作ろうか?」
「お弁当、持っていこうか?」
「忙しいなら、代わりに何か手伝うよ?」


そのたびに、俺は首を横に振ってきた。


負担をかけたくなかった。

それに、恩を感じさせてしまうのが怖かった。

もし“してくれたこと”に、応えられなかったらと思うと、どうしても受け取ることができなかった。



だけど――

それはきっと、優しさの拒絶じゃなくて、気持ちの拒絶に聞こえていたんだ。


“自分の存在ごと、要らないと言われているように感じる”

そう思わせてしまっていたのかもしれない。