驚いたのは、ある日の夜。


「今度の土日のどっちか、食事行かない?」


ほんの一言だったけど、その言葉は雷のように胸に響いた。

來の口から“誘い”という形で何かが生まれたのは、初めてだったから。


――これはデート? それとも、ただの食事?


答えを見つけられず、わたしは職員室で早川先生にぽろっと漏らしてしまった。


「ねえ、これってデートの誘いだと思う?」

「えっ、なに? のろけ?」


早川先生は笑いながら肩をすくめた。


「夫婦なんだから、普通に外食くらいするでしょ?」

「うん……まあ、そうなんだけど」


わたしたちの夫婦は、普通じゃない。

一見仲良しに見えるかもしれないけれど、実態は――「契約」だ。


「もしかしてさ、外では仲良し夫婦だけど、家では別行動多いとか?」

「……まあ、そんな感じかな」


早川先生の眉がピクリと動いた。

けれど、深くは追及してこなかった。


「でもさ、この前のアレが影響してるんじゃない?」

「アレ?」

「桜丘高校の先生との食事会のこと。滝川先生、あのとき迎えに来たじゃない?」