來の登場に、周囲の空気が一瞬だけ固まった気がした。

その中で、わたしはただ笑って手を振る早川先生に、ぎこちなく手を振り返すだけだった。


外に出て、來と並んで歩く夜の道。

こんなふうに2人きりで夜を歩くのは初めてで――

それが少しだけ嬉しくて、でも心は複雑だった。



「……來、どうして来たの?」

「男と食事に行って、迎えに来ない夫がどこにいるんだよ。俺たちの仲を疑われたらまずいだろ」


まっすぐな聲。それが、わたしの淡い期待をあっさりと打ち砕いた。


そう、これは“外向け”の行動。

夫婦の仮面を守るための演技にすぎない。


「さっき……先生から名刺もらってたよな」

「ああ、うん。連絡を頼まれたの」

「なんで、個人の携帯なんか教える必要があるんだ?」


來の声が、少しだけ鋭くなった。

わたしは思わず立ち止まって、目線を落とす。