***
土曜日になるまで、わたしたちの間には特別な変化はなかった。
來はいつも通りで、まるであの言葉など最初からなかったかのように振る舞っていた。
“俺が夫だってこと、忘れんなよ”
あれは――やっぱり、わたしの幻聴だったのかもしれない。
「じゃあ、來、行ってくるね」
「……ああ。……あのさ」
「うん?」
「どこで食事するんだ?」
その問いかけに、ほんの一瞬、心が揺れた。
「えっと、玄武っていう日本料理屋さん」
「……そうか。行ってらっしゃい」
來の声はいつもと変わらなかったけれど、わたしの心の中では何かが引っかかっていた。
どうして、場所なんて聞いたんだろう。
ただの確認――それだけじゃないような気がしてならなかった。
そのことが頭から離れず、交流会の席では話に集中できなかった。
気を抜くと、來の表情が脳裏をよぎる。
「滝川先生?」
「え? すみません、何でしたっけ?」
会話を引き戻したのは、桜丘高校のの先生――今回の会の中心的な人物だった。
表情は穏やかで、言葉選びも丁寧。教師らしい落ち着いた雰囲気があった。



