「早川先生と、他校の先生と一緒に食事に行くことになって……」
「うん、そういうの大事にしたほうがいいよ」
「うん……ただ、相手の先生、男性なんだって」
一拍、間があった。
「……へえ」
その返事が、ただ聞き流しただけなのか、それとも何か感情を押し殺したものなのかは、わたしには分からなかった。
でも、わずかに來の視線が横に逸れたことに、わたしは気づいていた。
「奈那子が行きたいなら、行ってきなよ」
「ありがとう」
その言葉を聞いたあとでさえ、なぜだか背中に冷たい風が吹いたような気がした。
予想していた答えなのに、わたしの中に広がるのは安堵ではなく――空虚だった。
わたしが部屋に戻ろうとしたとき、來の声がふいに背中からかけられた。
「……奈那子」
「なに?」
來がソファから立ち上がる。その足取りは静かで、でも、確かな意志があるように感じられた。
すれ違いざま、來が低く言った。
「俺が夫だってこと、忘れんなよ」
その言葉を残して、來は静かに自室に戻っていった。
わたしは、その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
その言葉が、何を意味しているのか。
形式上の夫としての“建前”なのか、それとも……それ以上のなにか。
わたしには、まだその答えを見つけるだけの材料が、少なすぎた。
でも確かに――
來の言葉が、胸の奥でずっと響いていた。



