夫の一番にはなれない



***

放課後、たまたま職員室に立ち寄ったときのことだった。

ちょうど來が教頭と話しているところに出くわした。


「今から酒井さんのご家庭に行ってきます」

「家庭訪問か。確か、ご両親は来るなって言ってたんじゃなかったか?」

「ええ。でも電話ではどうしてもらちが明かなくて。少し様子を見てきます。できれば、本人とも話したいので」


來の声はいつも通り静かだったけれど、その口調にはどこか揺るぎないものがあった。


「わかった。そのまま直帰でいいからな」

「ありがとうございます」


わたしがそのやり取りを目で追っていたら、ふと來と目が合った。

一瞬のことだったけれど、互いの視線が言葉の代わりを担った気がして――

なのに、わたしたちはそれを何ごともなかったかのように逸らした。


「今日の夜は遅くなりそうね、奈那子先生」


別の先生がにこやかに声をかけてくる。

わたしは笑顔を返す。それがこの職員室でのわたしの役割だ。

わたしたちは“仲の良い夫婦”でなければならない。


“今日は直帰です”
“家庭訪問に行きます”

そのどれもが、「私生活を共有する夫婦」であるかのように聞こえる。

でも、わたしたちの関係は、そんな期待のまなざしに答えるものではなかった。