「夕飯どうする?」
「わたし、何か作ろうか?簡単なものでよければ」
「いや……買ってくるよ。弁当でいい?」
手料理を食べてもらいたい、という気持ちは正直あった。
でも、これ以上“望んではいけない”とも思っていた。
だって、わたしたちは契約で結ばれた関係だから。
「……やっぱり、早く家探さないとね」
來が出かけたあと、スマホで物件を検索する手が、少しだけ震えていた。
本当は、こんなこと、したくなかった。
でも、もうすぐ“あの約束”の期限が来る。
だから――仕方のないことだ。
「ただいま。奈那子、どっちの弁当がいい?」
思ったより早く帰ってきた來が、袋から弁当を2つ取り出した。
スマホを手にしたまま、それを覗き込んで――來と視線がぶつかった。
「ありがとう、來。……來はどっちにする?」
「俺はどっちでもいい。好きな方で……って、何見てるの?」
その瞬間、わたしは自分の手元を見下ろした。
画面には、先ほど開いていた物件情報の一覧。
見せるつもりなんてなかった。
ただ、うっかり閉じ忘れただけだった。
「あー……そろそろ、探し始めないとと思って」
「……どうして、そんなに急ぐんだ?」
「だって、もうすぐ1年だし。ここは來がローン組んでる家だし、わたしが出ていくのが筋でしょ?」
來は、それきり何も言わなかった。
その沈黙が、肯定なのか、否定なのか。
わたしには、どうしても読み取れなかった。
けれど――
もしかして、ほんの少しでも、寂しさを感じてくれたのなら。
そうだったら、うれしいなんて……そんなの、わたし、知らないふりをするしかないじゃない。



