「じゃあ……漫画でも読むかな。奈那子も読む?」
「來が漫画って読むんだね。見たことないけど」
「生徒に勧められてさ。この前、全巻買った」
リビングの段ボールを指差す來。数日前に届いた荷物の中身、それだったんだ。
「わたしも読んでみようかな。最近、生徒の話題についていけなくて」
「奈那子、まだ20代だろ。おばさんみたいなこと言うなって」
「だって、ほんとにそう思うんだもん。來だって、わたしと2つしか違わないじゃん」
くだらない会話なのに、嬉しくてたまらなかった。
何でもないやりとりが、まるで宝物みたいに感じられた。
たとえそれが“特別な一日”だと分かっていても。
「ねえ、來。この漫画何巻まであるの?」
「52巻」
「そんなに!?一日じゃ絶対ムリだよ……」
「ゆっくり読めばいいよ。無理して読まなくても、漫画は逃げないから」
本のページをめくるたび、來という人が少しずつわかる気がした。
彼は、生徒の興味をきちんと知ろうとする人なんだ。
勧められた漫画を買って、授業や会話に生かそうとする。
……ずるいくらい、まっすぐで、誠実な人。
こんな人を、支えたい。
いつの間にか、そんな欲が、心の中に芽生えていた。



