「ごめん、ななちゃん。俺と別れてほしい」
わたしが言葉を失っている間に、後ろの女性も誰かに言っていた。
「來くん、私と別れてほしいの」
同じ空間で、まるで脚本でもあるかのような別れ話が二重に進んでいる。
何が起きているのか理解できなかった。
ただ、これは現実なんだと、冷たい空気が教えてくれる。
「どうして……わたし、何か悪いことした?」
絞り出すように尋ねると、望は一呼吸おいて言った。
「違う、ななちゃんは悪くない。悪いのは俺なんだ」
「……どういうこと?」
「浮気した」
その言葉は、思ったよりも冷たくなかった。
ぬるま湯の中に落ちた石のように、波紋も立たず沈んでいった。
わたしはただ呆然とするばかりで、彼がそのあと何を話したのか、ほとんど覚えていない。
「ごめん、ななちゃん。ななちゃんより、大事にしたい人ができた」
思い出した。
一年前の今頃、望と一緒に行った金沢の旅行で彼が言っていた。
「ななちゃんと結婚できたら幸せだろうな」
あれは、ただの夢だったのか。
たった一年で、心変わりするような人だったのか。



